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2015/10/26
中国株式市場の暴落から始まった今夏の金融・資本市場の混乱と今後の中国経済の見通しについて-海外のマクロ・エコノミストの見解を踏まえて-

北浦修敏(主任研究員)による報告を掲載しました。
「中国株式市場の暴落から始まった今夏の金融・資本市場の混乱と今後の中国経済の見通しについて-海外のマクロ・エコノミストの見解を踏まえて-」(PDF)


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(概要)
本稿は、海外のマクロ・エコノミストの見解を踏まえて、中国株式市場の暴落から始まった今夏の国際金融・資本市場の混乱について整理を行うとともに、中国経済のファンダメンタルズをマクロ経済学的な視点から考察したものである。本稿の主な主張を要約すると、以下の通りである。


第1に、中国の株式市場の暴落から始まった今夏の市場の混乱は、世界経済が抱える3つの歪みが顕在化し、その一部が調整・修正されたものであるということが筆者の理解である。3つの歪みの調整・修正とは、①昨年4月から150%も上昇した中国株式市場の必然的な調整、②先進国の金融緩和により生じた金融・資本市場の歪み(債券スプレッドが過去の平均値よりも100BP以上低水準であること、株価収益率は過去の平均値よりも2割以上高水準であること等)の部分的な修正、③中国経済の構造変化・輸入の低迷が一時的なものでないことが明らかとなり、新興市場国(特に資源輸出国)の過剰投資・過剰債務の解消が必要となったこと、である。今後については、世界経済は回復力を高めているが、中国経済の3つの課題という世界経済に対する最大のリスクが克服されるまで、国際金融・資本市場は、当分の間、不安定な動きを続けるとみられる。


第2に、中国経済は、現在3つの課題(潜在成長率の低下、過剰債務の累積、輸出・投資主導から消費主導の成長モデルへの転換)を抱えている。このため、中国経済は、そもそも成長トレンドが低下する中で、過剰債務の償却と成長モデルの転換により、経済に下押し圧力がかかっている。


第3に、今後の中国経済を考える上で、懸念される事項と明るい材料を整理した。懸念される事項としては、①中国政府が事態の深刻さを十分理解していない可能性があること、②過剰債務の償却と成長モデルの転換は想定していた以上に困難とみられること(成長モデルの転換は、投資の対名目GDP比を10%ポイント以上減少させる必要があり、これは、過剰債務の償却とともに、経済に大きな下押し圧力となる)、③国有企業改革等の構造改革が進展していないこと、④人民元の国際化や資本勘定取引の自由化等の安易な金融・資本市場の改革が経済の不安定化を高めかねないこと、である。一方で、明るい材料として、①民間企業の成長力は依然として極めて高いこと(民間企業は、最近10年間の都市の新規雇用の殆どを創出し、都市の雇用の8割を占め、中国のGDPの約3分の2を生み出すまでに到っていること)、②サービスを中心に国内の消費が力強いこと、がある。


第4に、今後の中国経済に関しては、まず、現在の中国経済は危機ではない。中国の統計に対する信頼は揺らいでいるが、消費を中心に少なくとも4%から5%の成長は続いているとみられる。また、必要であれば景気を浮揚するための財政・金融政策の余地は十分に残されている。外貨準備が潤沢であることや資本取引を制限していることから、一部で心配されている資本逃避も深刻なものではない。また、世界最大級の貿易黒字国、純債権国であることから、仮に変動相場制に移行したとしても、人民元はしかるべき水準に落ち着くであろう。


第5に、中期的に中国政府は厳しい政策運営を迫られるとみられる。GDPの46%を占める投資は経済上のバランスから持続可能ではなく、いずれ収益性の観点から行き詰る。最低GDP比で10%程度投資の水準を落とす必要があると考えられるが、デレバレッジを続けながら、消費をGDP比で10%も伸ばすことは容易ではない。IMFは中期的な中国経済のハードランディングの可能性を10%から30%、Financial Times誌のMartin Wolf氏は4割程度とみており、これらの見解は妥当だと考えられる。


第6に、仮に中期的な混乱があったとしても、中国の民間企業の活力・創造力、人的資源の高さ(世界の大卒の2割、米国への留学生数40万人等)、一人当たり所得の伸び代の大きさ等から、長期的な中国経済のキャッチアップは進展すると考える。人口の減少に直面しても、今後15年間少なくとも4%の成長は続けるとみている。


第7に、中国経済が中期的にハードランディングしないためには、中国政府は国内調整を伴う厳しい政策運営に取り組む必要がある。筆者が重要と考える政策対応は、①過剰債務の迅速な処理を進めること、②消費主導の成長モデルへの移行に向けて構造改革(国有企業改革、社会保障改革、税制改革、戸籍改革、都市化政策、農村の生産性向上等)を強力にかつ速やかに推進すること、③消費主導の成長モデルに移行するまでの間は、主に税金で償還することを前提とした公債によるインフラ投資で経済のソフトランディングを図ること、④適切な金融・資本市場改革を実施すること(政府による国有銀行を仲介役とした国有企業に対する暗黙の保証を断ち切ること、国有銀行を分割・民営化して間接金融市場に一層の競争を導入すること)、⑤過剰債務の償却と成長モデルの転換に伴う景気の下押し圧力に対して市場の調整機能を確保・向上させるべく、金融政策によりデフレーション(物価の下落)を回避しつつ、労働市場の柔軟性を高める施策に取り組むこと、である。


中国経済は市場為替レートベースでも世界経済の13%を占めるに至っており、中国経済のスムーズな4%から6%程度の安定成長への移行は世界経済にとって極めて重要な意味を持つ。今回の調整で悩ましい点は、改革が順調に進んでも停滞しても、輸入が減少することである。中国が消費主導の成長モデルに移行することは、国内の商品やサービスへの需要を高めて、海外からの商品や資源への需要(輸入)を低下させることが指摘されている。一次産品輸出国の低迷、中国関連企業や金融業者の業績の悪化は、統計への信頼性の低下と相まって、市場の不安を煽り、その結果、当面市場は不安定な動きを続けるとみられる。こうした中で、IMFや先進国政府は、中国のハードランディングへの備えを怠らずに、冷静に市場の動向をモニタリングしながら、各々が抱える経済危機の後遺症や構造問題を克服し、内需主導の成長経路を確立するよう努める必要がある。

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