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経済・社会

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2015/07/06
世界経済の低迷、均衡実質金利の低下、金融・資本市場の歪みについて-国際機関等の報告を踏まえて-

北浦修敏(主任研究員)による報告を掲載しました。
「世界経済の低迷、均衡実質金利の低下、金融・資本市場の歪みについて-国際機関等の報告を踏まえて-」(PDF)


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(概要)
本レポートでは国際機関等の分析を中心に、世界のマクロ経済の状況を整理するとともに、金融・資本市場に生じている歪みについて報告を行った。その主なポイントは以下の通りである。


第1に、現在の世界経済は、世界金融危機後の後遺症(バランスシートの悪化、生産性の伸びの低下、投資の減少等)から十分回復できていないこと、潜在成長率に低下傾向が認められること等から、2000年代前半の力強い成長と比べると、世界経済の低迷はしばらく継続すると考えられることを指摘した。


第2に、金利水準については、世界経済の低迷、需要不足(貯蓄超過)、成長トレンドの低下等により、歴史的な水準に比べて2020年頃まで低水準で推移するとみられていることを指摘した。具体的には、①経済全体を均衡させる均衡実質金利は、危機前の2%の水準から低下しているとみられること(足元の世界の均衡実質金利の水準は0.5%程度。中長期的に2%をやや下回る水準とみられること)、②足元のマイナス1.5%程度の米国の実質短期金利は2017年頃に向けて緩やかに足元の世界の平均的な均衡実質金利0.5%に向けて上昇が見込まれること、③実質長期金利の2020年ごろまでの上限が2%程度とみられること、を報告した。


第3に、景気対策としての公共投資の推進には、公的債務残高が既に高い水準にあること、高齢化に伴い今後財政状況の悪化が見込まれること、景気対策としての公共投資は効率的なインフラ投資にはつながりにくいこと等の課題があり、世界経済は、各経済主体のデレバレッジの取組みや構造改革を進めつつ、短期的な景気の調整弁としては金融政策に頼らざるをえない状況にあることを指摘した。


第4に、(景気の調整弁として金融政策に頼らざるをえない一方で)金融緩和の長期化により名目金利がゼロ近辺にまで低下しており、その結果、金融・資本市場において過度のリスクテイクが発生し、金融資産の価格・利回りに相当な歪みが生じている可能性を指摘した。IMF・GFSR(2014年10月)は、期間プレミアムが過去の平均より100ベーシスポイント程度低下していること、Bの格付けの社債のスプレッドが過去の倒産確率から計算されるものより100BP程度低下していること、株価の過大評価の可能性があること(株価のリスクプレミアムが過度に低下している可能性があること)等を指摘している。


第5に、金融・資本市場の流動性の低下について報告した。銀行の監督強化に伴い、金融・資本市場における主たる資金の運用主体が商業銀行や投資銀行から投資信託等に移行して、市場の混乱に対してクッションの役割を期待されるマーケットメイカーの層が薄くなり、市場の流動性が低下したことが指摘されている。市場の流動性の低下は、経済ショックに伴う投資家の投売りといった行動に対して市場の脆弱性を高めている。


第6に、金融・資本市場の歪みは、近年の市場の流動性の低下と相まって、FRBの利上げ、ギリシア・ウクライナ問題、中国経済のハードランディング、新興市場国の債務問題等の各種の経済ショックを契機に、金融・資本市場に混乱を伝播させるリスクがあることを論じた。個々の経済ショックは対処可能なものであると考えられるが、金融・資本市場を通じて類似の金融資産の価格調整を次々と生じさせ、国際的に経済的な混乱が拡散しかねないリスクがあることを指摘した。


このように、世界経済の低迷の結果としての金融緩和の長期化とリスクテイクの高まりにより、現在の世界経済は金融・資本市場に歪みを抱えており、各国の政策当局は慎重な対応を迫られている。中央銀行(特に米国FRB)は市場と注意深い対話を続けることが求められており、また、金融監督当局はマクロプルーデンシャルポリシー(投資信託等への監督等)について見直しを進めている。


さらに、リスクを拡大させないために、マクロエコノミストの立場から筆者が重要と考えていることは、警告を含む適切な情報提供により個々の投資家に自らのリスクテイクの状況を十分に認識させることである。現在の経済の低迷、貯蓄過剰の状況においては、IMF・WEO(2014, 1)やHamilton, et al.(2015)が指摘するように、世界の均衡実質金利や長期国債の実質利回りは当面低水準で推移するとみられる。その一方で、マイナスの実質短期金利、期待インフレ率、タームプレミアム、スプレッド、株式のリスクプレミアムはいずれ正常化していく(修正を迫られる)と考えられる。こうした過程で、一定の市場の混乱は避けられないが、エコノミトがファンダメンタルズに基づいた適切な分析結果を提供することで、投資家が自らのリスクテイクの状況に関してより的確な認識を持つことができれば、金融資産の価格等の歪みの是正につながるとともに、諸々の経済ショックが顕在化しても、投資家が大挙して投売りを行うような行動を出ることをある程度緩和することが可能となろう。

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