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2017/05/31
日本銀行は、円安等のサプライショックによる一時的な物価上昇に満足するのではなく、マイルドなインフレの重要性と最終的な到達目標(2%のインフレと3%超のベースアップ)の必要性について経営者団体及び労働組合と見解を共有した上で、価格・賃金設定の行動パターンの変更を強く求めるべきである

北浦修敏 主任研究員による研究レポートを掲載しました。

「日本銀行は、円安等のサプライショックによる一時的な物価上昇に満足するのではなく、マイルドなインフレの重要性と最終的な到達目標(2%のインフレと3%超のベースアップ)の必要性について経営者団体及び労働組合と見解を共有した上で、価格・賃金設定の行動パターンの変更を強く求めるべきである」(bp355j.pdf)

(要約)

 本稿では、今の金融政策の枠組みのままでは、マクロ経済の調整を容易にするマイルドなインフレを達成することは困難であること(マクロ経済を害するデフレ・ゼロインフレから脱却することはできないこと)を説明する。その主な主張は以下の通りである。

 第1に、足元のインフレ率はゼロに近づいており、デフレ・ゼロインフレからの脱却は概ね失敗しつつあることを説明する。その根拠として、(1)長年にわたりデフレ・ゼロインフレが日本の各経済主体の行動パターンに染み付いている中で、日本銀行が一喜一憂しているインフレ率は円安や原油高で引き起こされたサプライショックによるものに過ぎず、持続性がないこと、(2)2017年の春闘の平均賃金の上昇率(ベースアップ)は0.5%程度に過ぎず、2%のインフレと整合的な3%に比べて低すぎること、(3)プラザ合意以前の1980年代前半と同水準の円安は既に4年間継続しており、更なる円安の継続的な進展は期待しにくく、また、財政支出の継続的な拡大にも限界があること(4)最近の労働市場の受給は引き締まっているが、単価の安い労働者の雇用しか増加しておらず、マクロ的な賃金上昇につながらない可能性が高いこと、(5)労働生産性や潜在成長力の伸びが低い中で、2%のインフレ率の上昇と表裏の関係にある3%のベースアップを引き起こすような、高い実質経済成長率の継続的な確保は不可能であること、を説明する

 第2に、達成が困難であっても、2%のインフレが必要な理由について説明する。それは、(1)マイルドなインフレは、平時及び危機時の両局面で賃金の下方硬直性の問題を和らげて労働市場の調整能力を高めること、(2)マイルドなインフレの下では、マイナスの経済ショックに対して短期及び長期の名目金利が低下する余地が広がり、それによりマイナスの経済ショックを和らげる効果が働くこと(投資の増加等の内需の拡大や為替レートの減価よる外需の拡大につながること)、また、経済危機が発生した際には名目短期金利をゼロにすることで実質短期金利をマイナス2%まで低下させることができること、(3)デフレ・ゼロインフレの下では、中期的なインフレ期待が裏切られやすく、名目で固定された元利の負担が高まりやすいこと、の3点である。

 第3に、デフレ・ゼロインフレから脱却することは難しいが、その理由として、1994年以降20年以上の長期にわたりデフレ・ゼロインフレが日本経済に染み付いており、各経済主体の価格・賃金設定の行動パターンがデフレ・ゼロインフレを前提にほぼ横ばいに固定化されていること、日本の経営者団体・労働組合・エコノミストの間でマイルドなインフレの重要性と最終的な到達目標(2%のインフレと3%超のベースアップ)の必要性について理解を共有できていないこと、があげられる。

 第4に、デフレ・ゼロインフレから脱却する方策を論じる。北浦(2016)では、政府・日本銀行が仲介又は参加して、2%のインフレと2%のベースアップに関する労使間の合意を形成する試み(第1の道)を提案した。しかしながら、多くの日本人がマイルドなインフレの重要性と最終的な到達目標(2%のインフレと3%超のベースアップ)の必要性について認識していない中で、やや性急な提案であった。本稿では、各経済主体にとって2%のインフレと3%超のベースアップが当たり前のものとなり、価格・賃金設定の行動パターンの変更につながるように、継続的な働きかけを行うこと(第2の道)を提案する。具体的には、(1)まず、日本銀行の幹部やエコノミストは、経営者団体や労働組合の関係者と頻繁に会合を持って、マイルドなインフレを実現することの重要性と「2%のインフレと3%のベースアップの継続的な確保」という最終的な到達目標の必要性を共有すること、(2)その上で、需要の高まりやサプライショックで物価上昇の兆しがみえれば、それを一時的なものとするのではなく、各経済主体が持続的な価格転嫁とベースアップにつなげるよう働きかけを継続すること、である。

 経営者団体は、売上高や収益が増えないこと、一旦ベースアップを行うと賃金を引き下げられないこと等を理由にベースアップを否定してきたが、それにより、潜在成長率や生産性の伸びの低迷の下で、名目的な所得が上昇せず、売上高が増えず、結果としてデフレ・ゼロインフレが継続するという悪循環が繰り返されている。そして、そうした悪循環の中で、経営が悪化した時に、マイルドなインフレの下での調整メカニズム(実質金利の低下とともに、ベースアップを凍結することで実質賃金の引下げを可能とする調整機能)を日本企業は活用できない状況が続いている。ミクロで最適な行動がマクロの合成の誤謬を生んでしまっている。そろそろ経営者団体と労働組合の思考パターンを他の先進国の常識に近づけるべきときではないであろうか。

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