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経済・社会

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2016/06/21
世界及び日本の経済格差の現状と原因について- 内外のエコノミストの分析・見解を踏まえて -

北浦修敏 主任研究員による研究レポートを掲載しました。

世界及び日本の経済格差の現状と原因について-内外のエコノミストの分析・見解を踏まえて-」(PDF)

(要約)

 2013年からPiketty2013)、Atkinson2015)、Bourguignon2015)らの優れた一般書が刊行され、所得及び資産の格差に関する関心が内外で高まっている。本稿は、これらの著書や日本の研究成果を踏まえて、世界及び日本の経済格差の現状と原因、さらに現時点で考えられる処方箋について、筆者なりの整理を行ったものである。本稿の論点は以下の通りである。

 まず、最初の論点として、経済格差の問題点について整理する。経済格差の拡大は、「市場の失敗(市場の不完全性)」と「社会・政治の不安定化」を通じて、経済の効率性を損なうことにつながる。「市場の失敗」の例は、貧しいものの健康が害され、経済効率が低下する場合や、貧しいものが就学できずに能力を発揮できない場合等が典型的である。経済格差の拡大は、健康、教育、金融、差別等の経路を通じて貧しい者の能力の発揮を阻み、非効率を発生させ、過度な場合には経済成長が害されうる。こうしたケースでは政策的に介入することで、効率性と公平性を同時に改善することが可能である。また、「社会・政治の不安定化」は、経済格差の拡大の結果、犯罪や闇経済が拡大することにつながる。政府のガバナンスの悪さや腐敗と相まって、一部の既得権益層が独占的利益や寡占的利益を享受する状況に対する不満が高まると、デモや占拠等の社会的な混乱や騒乱、極端な場合には暴動等にもつながりかねない。既存のエリート層への不満は人気取りのポピュリスト的な政治家の台頭を許すきっかけともなっている。

 2番目の論点として、世界及び日本の経済格差の現状について整理すると、以下の通りである。

  1. 第1に、世界の所得格差については、19世紀からの資本主義の歴史において世界全体の所得格差は一貫して上昇していたが、1990年頃から中国、インド等人口の大きなアジア諸国の高成長により、世界全体の所得格差は低下している。ただし、世界全体の経済格差は各国内の格差よりも格段に大きな水準にある。

  2. 第2に、最近の各国の所得格差をジニ係数で比較すると、最も格差が大きいのは、南アフリカ、中国、南米諸国であり、次に、アメリカ、イギリスである。欧州大陸諸国、日本、韓国がそれらに続き、北欧諸国が最も平等な国である。

  3. 第3に、先進国の所得格差の動向を、ジニ係数や上位層の総所得に占める割合でみると、1980年代以降、アングロサクソン諸国では、所得格差の拡大がみられ、特に、アメリカで顕著である。アメリカの上位10%(1%)の総所得に占める割合は30%強(8%)から45%強(20%)にまで上昇している。一方、1980年以降の欧州大陸諸国の所得格差をみると、ジニ係数や上位層の総所得に占める割合の上昇は緩やかなものに留まっている。フランスの上位10%(1%)の総所得に占める割合は33%(8%)程度となっている。

  4. 第4に、途上国の所得格差の動向をみると、1980年代半ば以降、中国等のアジア諸国、ガーナ、ケニア、ナイジェリア等のアフリカ諸国で格差は拡大している。例外は、ラテンアメリカ諸国であり、1990年代半ばからラテンアメリカ諸国の所得格差は、水準は高いものの、福祉政策の充実により改善傾向がみられる。ただし、ラテンアメリカ諸国でも2014年以降の一次産品価格の下落に伴う財政難により、再び経済格差の拡大が懸念されている。

  5. 第5に、資産格差は所得格差に比べて格段に不平等度が高い。先進国の資産格差の歴史的推移をみると、世界大戦期間中及び戦後に、極端に不平等であった戦前の資産格差は低下をつづけたが、1970年代以降、資産格差の縮小は止まり、緩やかに反転しつつある。現在の先進国における上位10%(1%)の総資産に占める割合は60%から70%程度(20%から30%程度)、次の40%の中間層が主に住宅資産の形で残りの資産を保有し、下位50%の層は殆ど資産を持たないとされる。

  6. 第6に、途上国の資産格差は、データの制約があるが、所得格差より大きいとみられる。また、中国の資産のジニ係数は急速に拡大を続けており、2010年には米国と同水準にまで不平等は拡大したとの分析もある。

  7. 第7に、生涯所得の格差をみる。一時点における所得格差はアングロサクソン系の国々で顕著であるが、イギリスの生涯にわたる所得格差の研究をみると、所得格差の水準は大幅な低下を示す。また、生涯の中で所得上の地位に流動性が認められ、生涯にわたる上位10%の者が生涯において上位10%に属する期間の割合は35%程度(同様に、生涯にわたる下位10%の者が生涯において下位10%に属ずる期間の割合は20%強)であり、裕福なものが常に裕福である(貧しいものが常に貧しい)というわけではないことが確認される。

  8. 第8に、日本については、所得・資産ともに、経済格差の拡大は顕著ではない。また、格差の水準もアングロサクソン系の国々と比較すると緩やかなものに留まる。上位5%の総賃金に占める割合はアメリカの24%(1970年代半ばから8%ポイント上昇)に対して日本は16%(同2%ポイント上昇)であり、また、上位10%の総資産に占める保有割合は、アメリカの70%に対して日本は40%弱とみられる。

  9. 一方で、日本の子供貧困率は高水準で(16.3%)かつ上昇しており、また、一人親家庭の貧困率(54.6%)はOECD諸国で最悪の水準にある。さらに、25歳から34歳の若年層の雇用の不安定化が進んでいる。2015年の女性の25歳から29歳、30歳から34歳の人口に占める非正規雇用又は未就業の割合はそれぞれ52%(=27%+24%)、61%(=29%+32%)となっている。同じく男性では28%(=16%+12%)と20%(=12%+8%)である。日本では、ジニ係数や上位の総所得・総資産に占める割合にあらわれない若年層の経済格差や機会の不平等が進行しているとみられる。

 3番目の論点として、1980年以降、多くの国で発生している経済格差の原因について考える。米国の標準的な労働経済学の教科書であるBorjas2016)は、所得の大層を占める賃金格差の拡大について、1970年末からジニ係数が上昇していること、賃金の上位と中位以下の間の格差が拡大していること、労働市場に占める大卒の割合が上昇したにも拘わらず、大卒の賃金が高卒の賃金より上昇していること、同一グループ(年齢、教育、人種等)内の格差も拡大していること等の事実を指摘する。その上で、Borjas2016)は、実証研究により上記の諸点との整合性や原因と結果のタイミング等を精査すると、賃金格差を十分説明できる原因について経済学者はコンセンサスを得られていないとする。以下、格差拡大の原因とされる幾つかの要因について説明する。

  1. 第1に、グローバリゼーションである。国際貿易の拡大や1980年代以降の共産圏(中国、ソビエトブロック、インド)の国際貿易競争への参入に伴い、ヘクシャー・オリーンの定理が示すように、途上国では未熟練工による貿易財の輸出が増加し、先進国では低技能労働者を多数使う産業が衰退し、高技能労働者を多数雇用する産業が伸びた。Borjas (2013)は、貿易の拡大は賃金格差の拡大の20%程度を説明するとする。

  2. ただし、先進国の格差の拡大は、(シンプルなモデルが指摘する)低技能労働者の賃金の低下や高技能労働者の賃金の上昇だけでなく、中間層の賃金をも低下させた。これを説明するのが、第2点目のコンピューターの普及等の高技能労働者に偏った技術進歩である。こうした新たな技術を使いこなす者と活用できない者の生産性の相違が賃金格差拡大の殆どを説明するとする者もいる。ただし、米国で格差が急拡大したのは1980年代であるのに対して、IT技術の急速な進歩がみられたのは1990年代であるというタイミングのずれが説明できない。

  3. 第3に、各種の制度要因である。Bourginon(2015)によると、労働組合の組織率低下、最低賃金の実質的低下、国際機関の構造調整プログラム、各国の規制緩和や構造改革等も所得や賃金の格差拡大に一定の役割を果たしたとされる。

     なお、長期にわたり持続的な高成長を確保するには構造改革や規制改革への継続的な取組みが大切であると考えられるが、高い経済成長と所得格差の関係は必ずしも定かではない。中国、インド、南アフリカの経験からは高成長は所得格差の拡大に関係しているようにみえる一方で、高度成長期の日本では所得格差の水準は安定しており、また、最近のブラジルや韓国の経験からは高成長は所得格差の縮小を伴っていたとされる。また、労働市場の改革は、労働者単位の賃金格差を拡大させた一方で、経済の効率性を高め、雇用者数を増加させることを通じて、家計単位の所得水準の格差にはさほど影響を与えていないとの実証分析もみられる。

  4. 第4に、累進課税制度の緩和である。所得税及び相続税の累進課税制度(戦中から戦後にかけて戦費調達・戦争債務返済の必要性から導入された制度)に関して、1970年代以降、経済効率の向上やイノベーションの推進の観点からトップ税率が軽減されたことも、上位層の総所得に占める割合の増加に一定の影響を与えたとみられる。

  5. 第5に、上位層の総所得に占める割合の増加を説明する理論として、スーパースターの理論やトーナメントの理論が使われる。前者は、IT技術の進歩やグローバリゼーションの進展に伴い、非常に大きな市場に低価格でアクセスすることが可能な幾つかの業種(エンターテイメント産業、ファンドマネージャー等)で観察される現象である。後者はスポーツのトーナメントと同様に管理職を競争させ、勝利(昇進)を得た者に高額の給与を支払うことで、多くの管理職に最大限の努力を払わせることができるとするものであり、こうしたインセンティブメカニズムの導入は、企業のパフォーマンスを向上させたとの実証研究もみられる。

  6. 第6に、第5の考え方に疑問を投げ返る議論として、富裕層による報酬決定能力の高まりがある。企業、特に金融部門の幹部の報酬が極めて高いのは、企業統治の失敗、累進税制の緩和、経済の金融化等の影響を受けて、経営者が自分の報酬を自分で決められる影響力が高まっていることにあるとの指摘である。グローバリゼーションの進展と相まって、少数企業による市場支配力と寡占的利潤は増加しており、それを背景に富裕層は政治献金を通じて権力への影響を強めている。一方で、労働者は企業との交渉力を低下させており、低い条件を受け入れざるを得なくなっている。

  7. 第7に、世代間の経済格差の継承については、Borjas(2016)によると、米国で親から子に受け継がれる賃金の水準(Intergenerational Correlation)は3割から4割であり、仮に第1世代に30%の賃金格差があると、第2世代は10%程度、第3世代では5%未満が格差として受け継がれる(ある程度平均賃金への回帰がみられる)とされる。

  8. 第8に、Piketty(2013)は、資本収益率が成長率を上回ること( )から、資産の格差(ひいては所得の格差)が拡大するメカニズムが資本主義に内包されていると考える。ただし、殆どの研究者は、アメリカの所得格差の拡大の原因を主に勤労所得の格差の拡大にあると考えており、Piketty(2013)は、高齢化やイノベーションの低迷により成長率の低下が予測される将来の課題として、資本収益率と成長率の問題を指摘したと考えるべきであろう。

 第4の論点として、対応策については、累進所得税、相続税、教育、労働市場政策、金融監督、公正取引・競争政策、国際的な税務協力等が考えられる。

  1. 第1に税制である。所得税(賃金所得税、資本所得税)と相続税が、所得及び資産の格差拡大に対処する直接的かつ最も効果的な手段と考えられる。ただし、欠点もある。賃金所得税に関しては、短期的及び中長期的に経済活動(労働時間、生産性の向上、イノベーション等)にマイナスの影響を与える可能性がある。相続税は、子孫に財産を残すことを目的とする利他的な遺産動機が妥当であれば、資本蓄積を阻害する懸念がある。そして何よりも、資本・企業・人の国際的な移動が容易となる中で、有能な人材、企業、財産がタックス・ヘイブンに逃れてしまう可能性が否定できない。経済格差に対処するための適切な税制レジームの可能性とそれに対するグローバリゼーションの制約について、現時点で十分な知識やコンセンサスは得られていない。今の時点では、ある程度の非効率を受け入れつつ、所得税や相続税の累進度を高めて、経済格差の拡大へ対処することになろう。また、給付付き税額控除は、労働のインセンティブを活かしつつ、経済格差を抑制する手段として、有益な方法とみられている。

  2. 第2に、途上国の税制に関しては、経済エリートを優遇する社会的慣行から、所得税や相続税は僅かしか課されていない。しかしながら、途上国の経済格差の拡大は、既得権益層の支配力を高め、また、教育や健康面での機会の不平等を著しいものとし、経済成長を阻害していると考えられる。一方で、国内の金融資産の総額や流れを追跡することを可能とする技術進歩は進展している。戦後の日本の経済成長と厳しい累進税制の経験からは、中下位層の所得環境を底上げすることで持続的な経済成長がより円滑となることが示唆される。中進国の罠から脱却するために、所得の再配分を支える累進的な所得税と相続税を導入する必要性は、途上国に押しなべて高いと考えられる。

  3. 第3に、教育の充実である。教育の公平な提供は、機会の均等を図り、不平等の少ない社会の構築に貢献する。また、有能な貧しい子供に教育の機会を与えることで、公平性とともに、効率性を向上させることにも資する。特に、途上国では所得格差と教育格差は顕著であり、所得と教育の相関はクロスカントリーでも各国の時系列でも確認されている。

  4. 第4に、労働市場への介入として、職業訓練の充実、最低賃金の引上げといった方法は、所得の格差拡大の抑制に有効と考えられる。最低賃金の引上げに係る企業のコストを和らげるための低所得者向けの社会保険料の軽減措置も有効な手段と考えられる。

  5. 第5に、金融監督や公正取引・競争政策を通じて、少数の企業による市場占有率の高まりを抑制し、市場の公平な競争を強化することを通じて、経営者の報酬決定能力を弱める必要があると考えられる。市場の規制緩和は常に新たな既得権益を生むことにつながりかねないことから、常に新たな視点で市場の競争状態を確認していく姿勢が問われている。

  6. 第6に、経済格差を是正するために、Piketty(2013)らは、累進所得課税の再強化とともに、国際的な累進資本課税の実現に向けて、金融情報の透明性の向上と税務当局間の協力の強化の必要性を指摘する。最近のパナマ文書による世論の関心の高まりがこうした動きを後押しすることが期待される。

 グローバリゼーションや技術進歩等は日本社会にも影響を与えているが、日本ではジニ係数の上昇や上位層の総所得に占める割合の増加は顕著なものではない。Borjas2016)は、アングロサクソン諸国と欧州大陸諸国の相違として、高技能労働者への需要の高まりに対して、前者は価格(賃金)の変化で対応し、後者は数量の変化(失業、非労働力化)で対応した可能性を示唆する。日本でもバブル崩壊以降、不安定雇用割合や未就業者割合が特に若年層で高水準となっている。さらに、日本では、1980年代半ば以降、子供貧困率が顕著に高まっている。

 Bourgion2015)は、経済格差が高まっているアメリカで、国民の多くがアメリカ社会を公平で公正な国と考えている理由の一つとして、アメリカでは結果の平等より機会の平等を優先することが影響している可能性があるとしている。日本人の格差拡大の懸念の高まりの背景として、就学期間や社会の入口で教育及び就労に関する機会の平等が狭められ、また、低成長下の日本社会がやり直しの効きにくい社会になっているとすると、僅かに上昇したジニ係数等が示す結果の不平等以上に将来の日本にとって憂慮すべき事態であるのかもしれない。生涯の所得格差への研究を含めて、さらに経済格差に関する分析が深められることを期待したい。

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