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2021/01/25
「デジタル時代の金融・政治経済をめぐる安全保障基盤とは?」【上・プレゼン編】(中曽根平和研究所「デジタル技術と経済・金融」研究会)

 中曽根平和研究所では標題につき、西村陽造研究委員(立命館大学政策科学部研究科教授)ならびに、坂本正樹研究委員(丸紅経済研究所エコノミスト)との意見交換を、以下の通り開催しました。

 【上・プレゼン編】【下・丁々発止編】の2回に分けて、概要をお届けします。なおスクリプトはこちら、西村委員のプレゼンテーション資料はこちら、坂本委員のプレゼンテーション資料はこちらをご覧ください。

 

1 プレゼンテーション「デジタル時代の基軸通貨を考える~国際通貨の競争と安全保障を踏まえて~」(西村委員)

 

■問題を抱えつつも続くドル基軸通貨体制

世界の外国為替取引の9割弱は米ドルとの交換だ。この状況は変わってない。シェアは大きく下回るがドルに次いでユーロ、日本円、英ポンドという順位もやはり変わらない。近年、中国人民元が伸びてきているが5%未満で、豪ドル・カナダドル・スイスフランの後塵を拝している。また世界の外貨準備高の6割も米ドルであり、次いでユーロが2割、更に1割未満で、日本円、英ポンド、中国元が続く。
更に有事のドル資金需要拡大と、それに対応した通貨当局間スワップ協定による緊急資金供給も、2008年のリーマンショック時、そして昨年のコロナショックでも見られたところだ。

 

■決済の技術革新が及ぼす影響について

ホールセール(大口取引)の世界では、デジタル化(電子化)はすでに進んでいる。従って、今後着目すべきは、消費者を中心としたリテールの世界だ。ここには仮想通貨、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の可能性が含まれる。
 
しかしながら現在のブロックチェーンベースでの暗号通貨が決済の主役になる可能性は、当面は技術的なレベルアップの必要性の面からも、価値の不安定性の面からも、また実名性の薄さの面からも、低い。またCBDCについても、電子的な取り付け騒ぎ(デジタル・バンクラン)を防止するためにおそらく保有額の上限規制が設定されるであろうことから、現在の金融システムの仕組みを根本から変えるものにはなりえないのではないか。
 
なお、中国のCBDC(デジタル人民元)については、人民元そのものの対外資本取引規制が厳しいことから、これが変わらない限り、国内外をまたぐ流通は困難であろう。ただし、国外間(非居住者間)の取引に限定したデジタル人民元が発行されたならば、中国の経済的影響が強い地域を中心に普及しうる可能性はある。また、Facebookが立ち上げを目指しているリブラ(2020年末にディエムと名称変更)については、デジタル通貨の登場の可能性としてとらえるよりは、Facebook利用者を対象とした多国籍民間金融機関の登場と捉える方が適切ではないか。

■ドル基軸通貨体制の今後の変化可能性の有無は?

基軸通貨を決める要素は大きく「その国の国際的影響力」「その通貨への信認(価値の安定・金融システムの健全性)」「その通貨の国際取引における利便性(取引コストの低さ・流動性の高い市場・自由な対外資本取引)」の3つだ。米ドルは、この3つの要素すべてで、他のユーロ、日本円、中国元といった通貨を、極めて大きく引き離している。
もしユーロ・人民元等との複数基軸通貨体制へと変化するような事態が今後新たに生じるとするならば、その要素は、3つ目の利便性、とりわけネットワーク外部性を弱めさせるような取引コストの変化だ。しかしながら、前項で触れたように、ホールセールは既にデジタル化しており、リテール取引においても金融システムを根本から変えるような変化は生じ難い。
 
ここまでを踏まえて、暫定的な結論を4点示したい。
・中央銀行が民間銀行を通じて通貨を発行するという金融システムの仕組みが、デジタル化によって変わるとは考えにくい。ただし、金融サービスの内容や提供する主体は、デジタル化によって変化していくかもしれない。
・決済のデジタル化は、ホールセールの世界では実現して居り、リテール決済の技術革新が鍵を握っている。そのなかで、暗号通貨、中央銀行デジタル通貨、リブラの影響は過大評価されているかもしれない。しかし、リテール決済の技術革新が極めて重要であることに変わりはない。
・技術革新によるデジタル化が進んで決済取引コストが低下すれば、それがネットワークの外部性を弱めることで、ドル基軸通貨体制からドル、人民元、ユーロの複数基軸通貨体制への移行の可能性を高めるかもしれないが、当面はドルが唯一の基軸通貨であり続けよう。
・米国のドル基軸通貨体制を支える役割を果たすために日本ができることは、デジタル化の潮流に乗り遅れずに、経済成長を促進し、市場経済国間の連携を強化する、という、一見至極平凡だが、実行することはそう容易ではないことだ。

 

 

2 プレゼンテーション「デジタル時代の経済安全保障政策と企業リスク」(坂本委員)

 

■デジタル時代の経済安全保障の特性とは?

近年、経済安全保障という概念のなかで、経済が、目的として扱われることから移行し、(国家国益の追求・維持・存続のための)手段として扱われる意味での着目が強まっている
更に、デジタル化の影響は、その焦点を「資源」「軍事技術」「製品」といったところから、「情報・知識」「軍民両用(デュアルユース)技術」「サービス」といったところに拡大させるとともに、より取り扱いの困難さを増していくものといえる。
既存の多くの国際輸出管理レジームでは、この変化を柔軟かつ十分にカバーしていない。しかしながら、米国政府の技術管理制度では、品目リストによる各種輸出管理規制に加え、制裁対象者リストに基づく各種輸出管理規制、更には投資管理規制、移民管理規制等、幅広い網のかぶせ方を有しており、柔軟かつ十分なカバーを迅速に可能にする特徴がある。

 

■国際活動する企業にとっての新たな経済安全保障リスク

上述のように、デジタル時代の経済安全保障においては、国際輸出管理レジームの硬直的な部分を、米国をはじめとした各国政府の柔軟な管理制度でカバーしている部分がある。従って、多国間にまたがって活動する日本企業にとっては、自国日本の法令のみならず、米国・中国をはじめとした諸外国の法令を見ていかなければならない点が難しい。これらは日々アップデートされかつ複雑化しており、また、どちらかを守ろうとすると、他の何かに引っかかる、といった展開もあり得なくはない状況だ。

規制抵触・制裁リスクのみならず、対応遅れによる事業停滞や、サプライチェーン修正リスクなどを回避していくためには、管理体制、そして法令上の該非判定の双方で、企業側がそうした状況変化をフォローアップしていき続けなければならないだろう。

 

■デジタル時代の経済安全保障をめぐる、政府と企業の関係性とは?

日本の政府レベルのここ1年の動きだけを見ても、改正外為法施行、経済安全保障をめぐる組織新設、そして自民党による経済安全保障新法成立提言等、特筆すべき動きがいくつもあった。いずれも、米中等、他国の激しい動きをにらみながら、自国として何をなすべきか、という観点からのアクションだ。
それに対して、企業側では、業界団体を介した政府への要請や、新たな経済安全保障関連部門の設置などで、対応を進めつつある。
こうしたなか、「国際関係-国家-企業」という構造を前提に、いかに健全かつ持続的な形で、経済安全保障体制を担保していくかが今後のポイントになっていく。それは、国際的に二極対立管理体制が形成されるのか、あるいは現行国際レジームが緩やかに維持されるのか、といったバランスによっても異なってくるものだろう。

 

以下下・丁々発止編に続く

 

3 日時等:令和3年1月6日(水)14:00-16:15 (ウェブ会議により実施) 

 

4 参加者: 中曽根平和研究所「デジタル技術と経済・金融」研究会 研究委員、および中曽根平和研究所関係者 ほか

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