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2024/03/08
3月6日にNPIウェビナー「インド太平洋地域の偽情報のリスク-選挙と安全保障への影響-」を開催しました。

 情報空間ではSNSの発達に伴い、偽情報の流布が社会の安定性を脅かす課題となっています。インド太平洋地域では、情報空間における偽情報の増加が問題となっており、本年1月の台湾の総統選挙でも、偽情報の流布が観測されています。このような情報空間のリスクの増大について、インド太平洋地域の偽情報の情勢および台湾総統選挙をテーマとして、中曽根平和研究所・情報空間のリスク研究会のメンバーが議論しました。


1.日時

2024年3月6日(水)16:00~17:15


2.登壇者(敬称略)

[パネリスト]

長迫智子 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)サイバー情勢研究室研究員

川口貴久 東京海上ディーアール株式会社主席研究員

村上政俊 皇學館大学准教授

[モデレーター]

大澤 淳 中曽根平和研究所主任研究員/「情報空間のリスク研究会」リーダー

※長迫氏、川口氏は当研究所の「情報空間のリスク研究会」、村上氏は「海洋安全保障研究委員会」のメンバーです。


当日は、官庁、企業、研究者、マスメディア等の方々の視聴参加を受け、活発な議論が交わされました。議論の主なポイントは以下の通りです。


(長迫氏)

・オーストラリアでは、2019年の総選挙の際、2016年の米国大統領選挙の時と同様に、選挙の前に政党や議会へのサイバー攻撃が発生し、中国の関与が疑われた。これに対応すべくオーストラリアは、選挙の実施および関連する脅威の調査、フェイクニュース拡散によるジャーナリズムへの影響調査、選挙の完全性を保証するためのタスクフォースを設置したほか、安全保障関連法の改正やメディアリテラシーキャンペーンなど広範な措置をとった。

・フィリピンでは、2022年頃までは大統領選を中心とした、自国内の体制維持や権威獲得を目的とする国内発のディスインフォメーションが主流であったが、2023年頃から中国国営メディアによる影響工作が増加している。フィリピンではディスインフォメーションへの対応として2022年8月に新たに「フェイクニュースの作成と流布の犯罪化を推進する法案」が提出された。本法案は違反者に対する厳罰を明記しているが、フェイクニュースという語の中に、誤情報と偽情報が含まれるなど定義上の曖昧さがあるほか、具体的な適用基準や罰則の範囲に関しては課題がある。

・インドにおけるディスインフォメーションはヒンドゥー・ナショナリズムとの結びつきが強く、国内政治上のキャンペーンに利用される傾向があるほか、農村と都市、エリートと非エリートといった二項対立を煽動することで社会の調和が脅かされる危険性があり、ディスインフォメーションが選挙など民主主義プロセスにかかわる場面で利用されることによって政治的不安定が生じる可能性があると考えられている。

・インドネシアでは、政府によるディスインフォメーションを含むプロパガンダが問題となっており、これらは情報操作、国民の分断、内政から国民の意識をそらすことを目的としている。同国では2018年以降政府による情報リテラシープログラムが開始されているが、その内容は「デマを拡散してはならない、政府を批判する際は熟考を促す」等、いかに政府に従順な市民であるかに重点が置かれている。国民に対する国家権力による言論統制を強化する危険性を孕んだ学習プログラムといえる。

・タイでは、近年中国からのディスインフォメーションが増加している。中国系のボットアカウント等による拡散に加え、ここ数年においては、タイメディアと協力関係にある中国およびロシアメディアによって中国に好意的な報道が多くなっており、直接的なディスインフォメーションのオペレーションではなくとも中国側に有利なナラティブを形成している。総選挙を例にとると、タイと中国の関係を悪化させるような候補者を米国が背後で支援しているのだというナラティブが作り出されている。

・インド太平洋地域のディスインフォメーション情勢を概観すると、権威主義体制や社会主義体制の擁護、国内体制の強化にディスインフォメーションが用いられるという傾向が見られる。ディスインフォメーション対策を名目とした政府による言論統制が行われ、さらには政府自身による世論誘導、世論統制を目的としたディスインフォメーションも確認されている。これらの地域のディスインフォメーション対策においては、欧米のような民主主義擁護のための対策とは異なる側面があることに留意が必要であり、日本でディスインフォメーション対策を推進する際の他山の石とすべきであろう。一方で、外国からの影響工作の観点では中国の関与に警戒すべきである。クロスポスティングや現地メディアとの関係強化などアプローチが多様化しており、事例としても太平洋島嶼国まで中国の関心が拡大していることが見て取れることから、今後の日本への影響も注視し対策を講じるべきである。 


(川口氏)

・今年1月13日台湾の総統選挙・立法委員選挙において、中国による台湾世論への影響工作とみられるネット上の情報操作が認められた。操作のベースとなった今年の選挙の争点は、「8年間続いた蔡英文政権に3期目を与えるかどうか」である。昨年、同政権にはセクシャル・ハラスメントや欺瞞を主とする不祥事や失態が相次いだことから、選挙の争点は、両岸関係や台米関係、あるいは台湾のあり方に関するものというより、むしろ台湾の内政、経済、社会をめぐる戦いとなった。

・中国による影響工作としては「スパムフラージュ」と呼ばれるプラットフォーム横断型のネットワークを用いて、蔡英文総統や頼清徳候補の信用を失墜させるような偽情報が拡散されていたことがわかっている。また、不正な手段によって入手したデータを意図的に漏洩させる「ハック・アンド・リーク」の手法も見られた。この手法は、公的信頼毀損型とハイ・バリュー・ターゲット暴露型に大別されるが、後者はロシアでしばしば行われている。対象となる人物の信頼を失墜させるような映像、写真などを流出させる「コンプロマート型」の流れを汲んだものである。

・デジタル空間を通じた選挙干渉の大戦略の有無や、諸アクター間の調整に関与しているかは分からないが、選挙干渉において、中国は既にその地域に存在している政治的争点や社会問題、不安といったものを狙ってくるという特徴がある。外国による偽情報と自然発生的な誤情報、地域内発の偽情報を区別するのは難しいため、中国は意図的にそうした戦術に傾倒している可能性がある。

・仮に、中国が情報操作を通じて選挙の結果を理想通り達成できなかったとしても、敵対する候補者や政党の政策実現を妨げる余地を獲得する。敵対する人物や政治制度への信頼を毀損することもできるので、攻撃を受けた側に中長期的なリスクは残る。こうした問題への台湾側の対応として、確かに市民・民間セクターによって情報操作と戦う多様な取り組みが行われており、公的セクターでは蔡英文政権下で情報操作に対する施策や法律が強化されているが、今なお、決定的な取り組みやツールが存在しないのも実情である。


(村上氏)

・政策過程と同様に、政策発信に関しても、全てのアクターが正しい情報を発信しているわけではない。発信者の合理性や制約などによって歪められた情報を発信しているとの仮定に立脚した分析モデル(「歪情報仮説モデル」)が必要。

・同モデルをとることで、従来の正情報仮説モデル(情報の真実性に対して無批判に受け入れる分析アプローチ)とは異なる帰結を得ることができる。歪情報仮説モデルは、政策予測にも有意義である。歪情報とは、もとある情報が、歪められて発信されている情報を指している。偽情報に近いものの、真実が一部に含まれている可能性がある。

・2022年8月のナンシー・ペロシ米下院議長の訪台を事例として、「歪情報仮説モデル」により分析すれば、バイデン大統領は歪情報を発信する動機は十分にあり、「軍は否定的である」という発信が歪情報である可能性も十分ある。ペロシ訪台計画が、バイデン政権の台湾政策変更と軌を一にして、戦略的に行われている可能性も指摘することができ、その際の中国の反発を緩和するために、歪情報を発信したと考えることができる。

・台湾においては、党派的支持がかなりの程度固定化されており、中国による影響工作は、民進党の強固な支持者の見方を大きく変えるまでには至っていない。

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