2025/12/24
12月16日にNPI公開ウェビナー「2025年11月以降の日中関係を読み解くー中国の意図と台湾ー」を開催しました。
なぜ日中関係は突然悪化してしまったのか。2025年前半までの一年あまり、日中間の人的交流などは回復基調にあった。米中間の「競争」と中国の経済問題などを背景として、議員交流や経済団体の訪中など二国間交流が拡大し、日本産水産物の輸入再開が伝えられたことは関係が次第に「正常化」していく象徴とも思われた。だが高市早苗政権の成立前後から警戒心を示していた中国は、11月7日の高市早苗総理による国会答弁を意図的に「軍国主義の復活」「戦後国際秩序の破壊」として批判し、さらに人的交流を縮小させ、また海産物の輸入停止も再開するなどし、さらには日本周辺での軍事活動を活発化させている。
本ウェビナーでは、中国の国内事情と対外政策、また中国と台湾問題との関係を踏まえながら、目下の日中関係について議論しました。
〔登壇者〕
川島 真 (中曽根平和研究所 研究本部長)
江藤 名保子 (学習院大学法学部 教授/中曽根平和研究所 客員研究員)
福田 円 (法政大学法学部 教授/中曽根平和研究所 客員研究員)
当日は、官庁、企業、研究者、マスメディア等の方々の視聴参加を受け、活発な議論が交わされました。議論の主なポイントは以下のとおりです。
- 今回の対日批判は、台湾という中国の「核心的利益」に直接関わり、安全保障をめぐってかつて用いられていた「軍国主義復活」批判を中国が用いていることが特徴である。王毅外相がレッドラインを「超えた」と発言し、中国の過熱ぶりが明確になった。
- トランプ政権の抑制的な対応もあり、中国は対米関係に一定の自信を持っている。APECでの米中首脳会談でも米側への相対的優位を感じ取り、日本に対して強硬に出る余白が生まれた。
- 高市総理の国会答弁だけが今回の発端ではなく、4月の頼清徳総統との面会や、APECでの台湾側代表との写真をSNSで発信したことなどから中国側は警戒していた。また台湾に接近する国々への抑止という意味合いもある。
- 中国は日本の安全保障体制見直しを牽制するため、「軍国主義復活」「戦後国際秩序の破壊」といった言葉で日本を悪役に仕立てあげようとしている。また現在の中国は国際秩序を構築できる大国であるが、日本については終戦後に敗戦国として権利が限定されてきたと過去を起点に論じ、時間軸をずらした議論をしていることを踏まえる必要がある。
- 政策決定の点で1982年の教科書問題と類似性がある。鄧小平は対日関係全体を悪化させないよう文部省に批判の焦点を当てる指示を出し、日本側に「近隣諸国条項」を新設させた。今回も一定の経済的威圧をかけつつも、サプライチェーンの毀損までは踏み込まないなど政策決定による抑制がみられる。安全保障を目的とするナラティブは台湾海峡危機(1995~96年)と類似し、手法は尖閣問題(2012年)と重複するが、反日デモは起きていない。12月13日(南京事件記念日)も抑制的であった。
- 中国側の論考(楊伯江《求是》2025年第23期)は、必ずしも内政干渉に当たらない練られたナラティブを組み立てている。戦後日本の集団的自衛権は制限されていると主張するが、ファシズム排除という目的を現在の日本に当てはめるのは無理がある。
- さらに中国はサンフランシスコ平和条約を否定し、台湾の地位をめぐる議論から「沖縄地位未定論」へと論点をずらしている。これらは平和国家としての中国像を描き、国際秩序再編の正当性を主張する現在の国家戦略につながるものである。また、米中が協力して日本との摩擦を管理しているかのような「G2」を印象付ける演出を中国が行う可能性もある。
- 中国外交部は国内のナショナリズムを外向けに誘導しつつ国際世論を引き寄せようとしているが、成功していない。一方、安全保障面では着実に行動を進めており、第一列島線の東側での活動を常態化させ、米国の接近を抑止する姿勢を強めている。
- 戦後80周年を機に、中国は抗日戦争勝利・国連創設・台湾光復の「三つの80周年」を掲げ、中国が戦勝国として戦後秩序の担い手であり、台湾が中国の一部であることを強調。
- 台湾の頼清徳政権は歴史の言論戦を強化し、台湾自身の平和と自由民主を強調しつつ、中国の現体制を暗にファシズムになぞらえ、台湾防衛の必要性を訴えている。また民進党は、国連総会2758決議は台湾の帰属に触れておらず、中国側の解釈にはG7を中心とした国が反対していると主張している。
- 高市総理の発言について、台湾では与党が冷静に評価をする一方、野党は地域の不安定化を懸念している。中国がこの機会を利用して台湾の分断を狙い、また国際的にも自説を広めようとするなか、日台関係への悪影響を懸念する声もある。米国の対応が最も注目されているが、NSSの文書への理解も含め、見方は二極化している。
- 高市総理は安倍総理の路線を継承して靖国神社参拝を見送り、村山談話や岸田・石破政権の路線も継承することで総理就任前後の言動を切り離そうとしたが、今回の件で中国に覆されてしまった。
- 中国は言葉と行動により現状変更を追求しているが、中国側がその目的を強く打ち出せば米国は強硬になり、日本側に近づいていく。またサンフランシスコ平和条約の否定は署名している米英を刺激し、最近はドイツも中国の動きを懸念している。
- 台湾では「台湾有事は日本有事」とのフレーズがインパクトを持って受け止められているが、日本の集団的自衛権行使や武力行使のハードルについて、誤解を生まないような説明を台湾側にも引き続き行っていく必要がある。
- 中国が一定の抑制を保っているのは、国内の経済的要因もあるだろうが、日本と米国の出方を見極め、米国の賛同を得ながら日本を追い詰めていくという調整を行っているためであろう。今後の日本の出方次第ではさらに圧力が強まる可能性もある。
- 今後は4月のトランプ大統領訪中や、11月の深圳APECでホスト国となる中国の対応が注目される。今回の問題は少なくとも2026年末の安保関連三文書改訂まで続くが、2027年の党大会や、さらに数年先まで長期化する可能性もある。タイミングをみつつ過熱した状況を冷ます外交努力が求められる。

