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外交・安全保障

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2021/03/31
久保研究本部長による緊急提言「米国新政権と日本: 日米首脳会談前の緊急提言」を掲載しました。

「米国新政権と日本: 日米首脳会談前の緊急提言」

2021年3月31日

中曽根康弘世界平和研究所研究本部長 久保文明

 2021年1月20日、ジョー・バイデン政権が発足した。世界的な感染症の真っただ中での政権運営という点では第一次世界大戦末期以来の状況であり、また米国と中国の対立が深刻化している点では、冷戦状況が生まれた1940年代後半以来の状況である。国家と経済の関係の見直しという点では、1980年代からの原則の再検討が行われつつあるなかでの政権誕生となる。

第1部 分析

1. 対中政策

(1) 全般的傾向

「脱トランプ」が対中政策にも及ぶかのどうかは、バイデン新政権の外交政策を占う上で重要な注目点となる。政権発足からまだ2か月少々の段階では断定的に判断できないものの、現時点では中国への厳しい姿勢が、トランプ政権より体系性を持った形で、おおむね維持されているようにみえる。

バイデン大統領は初めての外交スピーチで中国を「最も深刻な競争相手」とした上で、人権や知的財産権問題で中国に対して押し戻すと表明した。バイデン大統領と習近平国家主席の初めての電話首脳会談では、ウイグル、香港、台湾について懸念が表明された。アントニー・ブリンケン国務長官は指名承認の上院公聴会で、トランプ前政権の対中政策について基本原則は正しかったと評価した。

 また、バイデン政権は、日本、オーストラリア、NATO諸国、インドなど、同盟国・友好国との関係強化を重視して対中政策を考案する方針である。この点ではトランプ政権の対中政策と手法において一定の違いが見られる。

 はたして、3月18-19両日にアラスカで行われた米中の外交トップ、ブリンケン国務長官と楊潔篪共産党政治局員との会合は冒頭から双方の主張が激突した。

(2) 人権問題

バイデン政権は国連人権理事会への復帰と理事国への立候補を表明した。脱トランプ、国際協調の重視に加えて、大国間競争の競争相手である中国、ロシアが理事国を務めていることも念頭にあっての措置だろう。

ブリンケン国務長官は中国外交トップの楊潔篪共産党政治局委員との初めての電話会談で、新疆、チベット、香港を明示的に挙げ、米国は人権と民主的価値を引き続き擁護すると述べた。これらはいずれも北京が核心的利益と一方的に呼称する問題である。ウイグルでの人権弾圧については、トランプ政権が退場直前にジェノサイド及び人道への罪と認定したが、ブリンケン国務長官も同様の認識を示した。

(3) 台湾問題

台湾についてはバイデン大統領の就任式に駐米代表が正式に招待され、トランプ政権下での強い関与が後退するのではという懸念の払拭が図られた。軍事面では横須賀を母港とし第7艦隊に所属する米海軍艦船の台湾海峡航行が明らかになっている。ブリンケン国務長官が楊潔篪政治局員との電話会談で、台湾海峡の安定をインド太平洋の中に位置づけたことは、今後を考える上で意味深長である。

(4) 東シナ海、南シナ海問題

尖閣諸島への日米安保条約第5条の適用については、バイデン大統領、ブリンケン国務長官、オースティン国防長官がそれぞれ、菅義偉総理、茂木敏充外務大臣、岸信夫防衛大臣との電話会談で確認した。累次の確認からは、新政権の同盟国日本への配慮と東シナ海情勢への危機感が滲み出た。

南シナ海では、すでに航行の自由作戦や原子力空母2隻による相次いで実施された。

(5) インド太平洋、日米豪印

日米電話首脳会談では、自由で開かれたインド太平洋の実現に向けた連携も確認され、日米豪印における日本の貢献に対する高い評価も示された。日米豪印4か国は電話による外相会談を実施し、新政権発足後も自由で開かれたインド太平洋地域の実現に向けて協力することで一致したが、3月12日にはバイデン大統領の呼びかけで、ついに4か国のオンライン首脳会談が開催された。

(6) 対中政策関連の人事

政権における対中政策のキーマンになるとみられるのが、キャンベル国家安全保障会議インド太平洋調整官である。東アジア・太平洋担当の国務次官補代行に朝鮮半島を専門とするソン・キム元駐韓米国大使が指名され、3月26日になって同担当国務次官補にダニエル・クリテンブリンク駐ベトナム大使が指名されたが、中国政策に関してはキャンベルの役割が相当大きなものとなるだろう。

(7) 中国との協力の可能性

一方で違った方向性を思わせる動きもある。

バイデン大統領自身は外交スピーチで、米国の利益となるのであれば北京と協力する用意があるとした。政権が最重要課題と位置付ける気候変動問題は、その筆頭分野として想定される。他にも感染症対策や核不拡散といった領域での米中協力も模索されるだろう。ただし、気候変動問題で米中が合意して協力しうる具体的案件はそれほど存在しないかもしれず、協力のレトリックは、党内左派対策であった可能性もある。

(8) 今後の見通し

こうした協力と覇権を巡り激化する競争が果たしてどのように両立するのか。バイデン政権がより中核的な問題に踏み込めば踏み込むほど、問い掛けの難度は増すだろう。例えば昨年末に連邦議会はチベット人権法を成立させて、ダライ・ラマ後継選定への北京の介入を牽制している。仮に同法が想定するような事態が現実化すれば、バイデン政権がいくら米中協力を競争と別トラックで管理しようとしても、北京は核心的利益に関わるとみなして一切の協力を躊躇なく停止するだろう。

ウイグルや香港については、言葉による批判にとどまるのか。あるいはトランプ政権のように、中国の高官や企業を標的とした実効性のある制裁発動にまで踏み切るのかが試金石となる。この問題では、3月22日に、EUが天安門事件以来約30年ぶりに、ウイグル族への人権侵害を理由として中国当局者に対する制裁を発動したが、米国もイギリス・カナダとともにこれに同調した。

いずれ政権から打ち出される戦略にも注目する必要がある。バイデン大統領は国防総省を訪問し、対中戦略の見直しを命じた。ラトナー国防長官特別補佐官を中心に進められる作業に注視する必要がある。

我が国としてはバイデン政権の方向性を注視しつつ、バイデン政権にも引き継がれたインド太平洋及び日米豪印の枠組みを主体的に強化することが必要となろう。ただし、米国が多数の同盟国・友好国を結集して中国に強い警告を発しようとしていることを十分理解した上で行動することが肝要である。

2. 対北朝鮮政策

(1) 日米同盟の重要性

日米同盟は、日本防衛のみならず、インド太平洋地域の平和・安定を支える国際公共財としての意義も有する。こうした認識については、現在のアメリカでも超党派の合意がある。また、日米同盟への支持は、専門家レベルだけでなく、有権者レベルでも多数意見である (世論調査)。

こうした日米同盟の重要性は、北朝鮮問題 (朝鮮半島情勢) の文脈でも指摘され、とりわけ諜報・防衛分野に関する日米韓協力の強化を求める声は強い。

(2) 日韓関係

現在のアメリカでは、中国、ロシア、北朝鮮といった国々が、各国の国内対立や、各国間 (特にアメリカの同盟国間) の対立を戦略的に煽っているとの見方がある。日本と韓国の緊張関係についても、こうした大きな文脈の中で捉えられることが、今後増えていくかもしれない。

日韓の協力強化 (対立回避) を求める声は、トランプ政権の頃から散見されたが、バイデン新政権では、大統領本人もこのような問題への関心が強いとされる。日本が韓国との協力強化を模索する際には、こうした米国からの視線にも、一定程度配慮する必要があるであろう。

(3) 北朝鮮の非核化

「北朝鮮の非核化」を目標に掲げる米国の姿勢は、バイデン政権でも維持される可能性が高い。しかし他方、「短期的な非核化」を非現実的であるとし、軍備管理や北朝鮮との暫定合意を目指すべきとする声も、民主党系の外交専門家を中心に広がりを見せている。

ただ、軍備管理や暫定合意を求める声が米国の政策に反映されたとしても、北朝鮮の更なる核・ミサイル開発を阻止するという方針や、同盟国との調整が重要になるとの認識が揺らぐことは当面なさそうである。日本としては、どちらの場合でも、米国との連携を引き続き維持・強化していくことが重要になるであろう。

なお対北朝鮮政策の見直しが現在進行中であるが、日米、日米韓の外交当局による局長級協議等の場を通じて、拉致問題の重要性を含め、日本としての考えを米側にインプットする必要があろう。

3月25日に北朝鮮が行った弾道ミサイル発射に関して、バイデン大統領は記者会見において国連決議違反と明言した上で、事態をエスカレートさせるのであれば相応の行動をとる警告した。また、非核化を最終目標にするのであれば外交交渉の用意もあると付け加えた。

3. 日米関係

(1) 米中対立の影響

現在の米国では、軍事、経済、価値などあらゆる領域で、中国が米国に挑んでいるとの見方が広がっている。このような見方は、深刻な分断が指摘される現在の米国でも、党派の垣根を越えて共有されており、あらゆる領域で中国と対抗しなくてはならないというのが相当程度、共通認識になっている。

こうした中、中国と対抗する上での同盟の価値も上昇しており、特にバイデン新政権は、同盟国との連携を重視する姿勢を繰り返し強調している。

(2) 途上国へのインフラ支援

中でも、経済の分野では、日本の貢献やリーダーシップに対する期待が強い。現在の米国では、巨大な経済力 (インフラ支援など) を通した中国の影響力拡大に対する警戒が強まっている。こうした中国の影響力拡大は、中国の周辺地域だけでなく、東ヨーロッパや中南米でも見られるようになっている。

一帯一路に基づく中国のインフラ支援に対しては、海外援助に消極的な国内世論を抱える米国が単独で対抗するのが難しいため、同盟国の協力に対する期待が強い。特に日本については、東南アジアでの支援経験が豊富なため、この地域での更なる貢献が期待されるものと思われる。

実際、バイデン大統領は3月26日、一帯一路に対抗するため、民主主義国で作る同様の構想についてイギリスのジョンソン首相に提案した。大統領が強い関心を抱いていることは確かである。

また、東南アジア以外の地域でも、日本の貢献に対する期待は上昇傾向である。例えば、中南米に関しては、トランプ政権が日米ラ米協議を初開催し (2019年8月)、この地域での日米協力の重要性を確認した。こうした流れは、バイデン政権にも概ね引き継がれており (担当した国務省高官は留任)、日本としても、貢献強化に向けた取組を検討する必要はあるかもしれない。

(3) 高度技術

1980年代以来、経済に対する国家の介入を最小限度にする方向の強い圧力が、国内政治でも国際政治も存在していた。その震源地は米国の限定政府ないし小さな政府の思想であろう。日本や英国にもそのような思想の影響は及んでいた。しかしながら、近年の中国の高度技術の目覚ましい発展とそれが日米欧諸国に及ぼす安全保障上の懸念ゆえに、経済政策における国家の役割についてのパラダイムが現在、再び大きく転換しつつある。地政学ととともに地経学の重要性が再評価されつつあるゆえんである。

バイデン政権も高度技術がもつ戦略的重要性については、強い問題意識を保持しているとみて間違いない。そしてこの分野でも、高い技術力を備える日本の貢献に対する期待が高い。例えば、日本が牽引する無線アクセスネットワークのオープン化 (O-RAN) については、5G分野でのファーウェイ (華為) への対抗を念頭に、期待する声が多い。

(4) 気候変動対策

気候変動は、バイデン新政権の発足で、大きな変化が予想される政策分野である。今日の民主党では、「気候変動を米国にとっての最大の脅威」とする見方が、党内の幅広い層で共有されており、バイデン大統領本人も例外ではない。パリ協定への復帰を進めるなど、米国がこの分野でのリーダーシップ再建を目指すことは、日本にとっても歓迎すべき動きと言える。

ただ、幾つか注意が必要な点もある。民主党の中には、気候変動対策に熱心なあまり、対策を怠る主体に対して不寛容な態度をとるグループも存在する。また、石炭産業そのものへの反発が強く、たとえ高効率なものであっても、石炭火力の使用や輸出を嫌う傾向も見受けられる。実際、日本に対しても、石炭火力の国内投資や発電技術の他国への輸出を抑制すべきとする声が、民主党系の専門家などから示されるようになっている。また米国と欧州が一挙に先を走る状況となり、日本が孤立しないように注意する必要があり。

第2部 提言

わが国の基本姿勢

 バイデン政権の外交・安全保障政策は、米国の世論が内向き志向を強める中でトランプ政権の後に出現し、また民主党内左派も内向きの政策を要求しているにもかかわらず、とりあえずは国際主義的な方向を維持しようとしている。日本としては、そのような姿勢を歓迎し、米国の指導力を支えるべく全面的に支持していく必要がある。

ただし、米国においていつ再び日米同盟に対する理解や支持が心もとない政権が返り咲くかについては予見しがたく、それは2024年あるいは2028年など、意外に早い時期に訪れるかもしれない。我が国として一定程度まで自力で安全保障を確保できる態勢を整えておく必要性は、依然として小さくないと認識すべきである。

米国の国防費はトランプ政権下で増加に転じたが、民主党左派が国防費削減を求めていることもあり、巨額の財政赤字を念頭に置けば、バイデン政権下では削減の方向に変化する可能性が小さくない。となれば我が国の防衛力整備の必要性はますます高まるだろう。

トランプ政権が発足した2017年1月の提言において、本研究所は防衛費を我が国GDPの1.2パーセント程度まで引き上げることを提言した。これはまだ実現されていないが、この必要性はこんにち、さらに大きくなっている。令和元年度の防衛費は対GDP比で0.90%であり、米国(3.05%)はおろか英国(1.73%)、フランス(1.84%)、ドイツ(1.26%)よりも低い水準のままである。中国が透明性を欠いたまま30年以上にわたって国防費を増やし続けていることは、我が国に深刻な脅威をもたらしている。

また、防衛態勢についても、ミサイル攻撃に対してはミサイル防衛のみでなく、抑止力の強化をこれまで以上に重視するなど、費用と効果の点でより合理的なものを選択していく必要がある。本研究所が実施した研究会では、中国によりミサイル攻撃を可能にする軍事施設に対する反撃力を、わが国がもつことについて研究し提案している(北岡伸一・森聡「ミサイル防衛から反撃力へ: 日本の戦略の見直しを」『中央公論4月号』参照)。

菅内閣は、中国の動向をどうみるかについて、早急にバイデン政権と、深い協議を行い、その見解を可能な限り一致させる必要がある。

とくに中国が力ずくの一方的行動によって国際社会の現状を変革しようとしている点は、きわめて遺憾であり、なおかつ危険な行為である。こうした一方的な力の行使による現状変更の試みは、東シナ海、南シナ海、台湾海峡と日本の国益に直結する地域で展開されており、いずれも到底容認することはできないという点について、認識を共有すべきである。同時に、わが国が米中対立の漁夫の利を得ようとしているかのように見える行動は控えるべきである。

尖閣諸島の防衛

 バイデン政権が日米安全保障条約の第5条を尖閣諸島に適用することを表明してきたことについて最大限評価した上で、さらに主権の所在も日本にあることを認めるよう、静かに働きかけ続ける必要がある。日本の施政権を認める一方、主権の問題に関して特定の立場を示さないというアメリカの方針は、長らく継承されてきたものである。しかし、中国が東シナ海での攻勢を強めた2012年以降、アメリカ国内には一定の変化も見られるようになった。特に連邦議会では、主権に関する基本方針を維持しつつ、日本側への支持を強める(「中立」の表現を使わないなど)べきだとの意見も散見されるようになっている。

故マケイン上院議員は尖閣の主権について日本支持の立場を明らかにした。現在はルビオ上院議員が同じ立場をとる。ルビオ上院議員は、この問題に関する対中制裁を規定した法案を提出したこともある (2019年5月)。尖閣における中国の挑発がエスカレートする中では、尖閣の主権について米国政府が中立的な立場に終始することは北京に誤ったメッセージを送ることになりかねない。日本としては、米国の行政府だけでなく、日本側への支持を見せるこうした連邦議会に対しても、一定のアプローチを試みる必要がある。

中国による2021年の海警法制定は、尖閣諸島をめぐる問題状況を一変させ、これまで以上に緊張した状況を同諸島周辺で作り出した。日本単独での防衛努力に加えて、米国との共同演習の強化などを通じて、中国に誤ったメッセージを送ることがないように万全を期す必要がある。

2021年4月に行われる予定の菅首相とバイデン大統領の首脳会談の共同声明において、米国の日本防衛義務が尖閣諸島に適用される旨が書き込まれる見込みとの報道が登場していることは心強い。それは可能な限り明確な言葉で記されるべきであろう。わが国自身も、自衛能力を格段に強化していく決意であることを表明すべきである。

台湾

 最近まで、日米の外交・安全保障専門家が描く地図において、台湾問題と尖閣問題はしばしば別個の問題として理解されてきた。しかし、中国による台湾への軍事的圧力が強まるにつれ、両者は地理的、戦略的、経済的、心理的等様々な意味で、不可分一体となりつつある。しかしながら、依然として日本は尖閣諸島について米国が安保第5条に基づき支援してくれることを期待しつつ、台湾については沈黙する傾向無しとしない。こんにち、そのような態度は再検討を必要とされている。

 例えば、もし中国が尖閣諸島を占領することになれば、それは台湾の安全保障環境を大きく悪化させる。逆に、台湾有事の場合、尖閣諸島がその影響を受けない状況は想定しにくい。

 米国では、台湾に対する武力行使を、「レッドライン」として明確にしておくべきであるとの意見も出されている(The Longer Telegram: Toward a new American China strategy - Atlantic Council)。3月23日、米国の新インド太平洋軍司令官に指名されたジョン・アキリーノ太平洋艦隊司令官は、議会公聴会において強い切迫感と危機感を示した上で、3つのコミュニケなど米国のこれまでの中国関係の公式の政策についての変更を検討する可能性を示唆した。このような事態への対応を日米が検討してく必要はますます大きい。

台湾に対する北京の圧力が急速に増している現状では、まずは静かなかたちで、台湾問題について日米間の意思疎通を深め、可能な限りで認識を近づけておく必要があろう。

日米豪印(Quad)協力の強化

日米豪印4か国による電話外相会談がバイデン政権発足直後に開催されたことを歓迎するとともに、対面での早期開催を提言する。また対話のレベルを首脳級に引き上げることも求めたい。日米豪印による対面の首脳会談が史上初めて実現すれば、4か国の結束を示すまたとない機会となるだろう。海上自衛隊を含む各国海軍の参加により実現したマラバール2020に引き続いて、4か国による共同演習を継続して実施すべきである。

Quadは排他的な協議体であってはならず、4か国が一致しているようにASEANの中心性が引き続き尊重されなければならない。また4か国以外にも例えば英国のように、自由で開かれたインド太平洋地域の実現に向けて協力する意思と能力を持つ国があれば、参加を歓迎するよう求めたい。さらにフランスあるいはドイツが参加することも歓迎すべきである。このように、中国による力ずくの一方的な現状変更の試みに対しては、防衛力の強化、米国との協力の他、志を共にする国々の間での連携強化と国際世論の形成によって、中国に強いメッセージを送るというのも有力な選択肢の一つであろう。

「自由で開かれたインド太平洋(FIOP)」構想

 トランプ政権期には、日米とも、FOIP推進で一致していた。このたび、バイデン政権も、「自由」「開かれた」という言葉に込められた意味も含めてそれを受け継ぐことが明らかになったことを歓迎したい。

同じFOIPを語りながらも、日米の具体的なアプローチには相違がある。ただし、両国政府は、必ずしも同じアプローチを採用する必要はなく、最終目標を共有しつつも、それぞれの強み・利点・優位を生かしつつ、それぞれのアプローチが最大限の効果を発揮できることを目的に政策を推進すべきである。さらに、共同で実施する事業があってもよい。

 日本のFOIPは開発援助の側面が強く、米国の場合は南シナ海での航行の自由作戦に象徴されるように安全保障的な側面が強い。これを大きく変える必要はない。日本は、フィリピン、ベトナムなど東南アジア諸国の海上警備能力強化の支援を行ってきたが、それはさらに推進されるべきである。米国はインフラ支援なども行っているが、さらなる拡大が望まれる。この分野ではすでに日米の協力が推進されているが、それをさらに加速させるべきであろう。

一帯一路と経済支援の必要性

一帯一路を推進する中国による債務の罠の危険性が指摘される一方で、インド太平洋地域におけるインフラ需要は依然として大きい。世界経済の成長センターである同地域の経済成長を持続可能なものとするためには、インフラ整備は欠かすことのできない基盤である。

既述したように、バイデン大統領は一帯一路に対抗するため、民主主義国で作る同様の構想についてイギリスのジョンソン首相に提案した。まさにこれこそ、日本が率先して呼応すべき提案であろう。

また、日本、米国、豪州はインフラの提供に向けて協力を加速させるべきであり、その際には長年の融資ノウハウの蓄積を有する国際協力銀行(JBIC)の活用がすでになされているが、それをさらに強化すべきである。すでに着手されているレアアースに関する協力も、さらに加速されるべきである。

米国との分業

途上国のインフラ整備については、トランプ政権が、中国による支援との差別化を意識する姿勢を打ち出したが、こうした方針は、バイデン政権にも概ね踏襲されている。米国が特に重視するのは、開発支援の過程で法の支配や持続可能性にも配慮することであり、また、民間企業が開発支援の主体となることである。これらは、日本の貢献が期待される分野でもあり、2019年11月には、日米豪が、透明性や環境に配慮したインフラ支援を目指すブルー・ドット・ネットワークの取組を始動させた。日本としては、このような枠組みを生かしたインフラ支援を、引き続き強化していく必要があるであろう。

 

ベトナム・フィリピンとの協力強化

オバマ政権は武器輸出を解禁し、トランプ政権期には空母が寄港するなど、米国はベトナムとの関係強化に取り組んできた。南シナ海問題の当事国であるベトナムとの協力について日本は、安全保障と経済の両面での深化を目指してきたところ、米国に対して経済面での関係強化も促していくべきであろう。

 大統領選挙を来年に控えるフィリピンではドゥテルテ大統領の長女が支持を集めているが、米国は米比相互防衛条約に基づくコミットメントを引き続き維持する必要がある。日本としても南シナ海問題を睨みながら、フィリピンの能力構築支援に継続して取り組むべきである。

環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的協定(CPTPP)

 バイデン政権がCPTPPに加入することは、国内政治的に容易でないが、それを理解しつつも、日本としてはつねに加入を働きかけ続けるべきである。同時に、イギリス、台湾などの加入を歓迎すべきである。

地球環境

 菅政権が「2050年カーボンニュートラル」を宣言したことは、バイデン政権下のアメリカと環境関連の協力を目指す上で、前向きなものである。また、他の先進各国と比べて遅れ気味ではあるものの、環境に配慮した開発・投資を目指す動き(SDGs・ESG投資)は、日本の若者や企業の間で、広がりを見せ始めている。このような機運の高まりを生かし、日本が環境への取組を強化することは重要である。

 バイデン政権誕生により、米国とヨーロッパ諸国がかなりの程度一致して地球環境対策の強化を一挙に加速させる可能性が登場した。日本はこの点に留意しておく必要があり、無用なあるいは誤解による孤立ないし批判は避けるべきであろう。

ロシア

 バイデン政権が発足して対露政策上の最初の大きな決定は新START条約の延長であったが、交渉らしい交渉もないままロシアにとって極めて有利な形で決着したようにみえる。今後の米ロ関係の推移を見守りつつ、ロシア政策についての日米間の意思疎通も図っていく必要があるだろう。

 安部政権期に日本はロシアに対して辛抱強い外交交渉を展開し、とくにオバマ政権期からは米国から不信感を抱かれたこともあった。この部分については軌道修正し、バイデン政権とこれまで以上に歩調を合わせる方向で対ロシア政策を展開してもよいであろう。

結果的に、トランプ政権下の米国は、軍事面での対ロシア圧力を強化した。しかし、バイデン政権の場合は、軍事的アプローチを極端に嫌う党内左派の存在もあり、この分野での対ロシア圧力を弱める可能性もある。

他方、その他の分野においては、対ロシア圧力が強化される可能性が高い。特に人権の問題に関しては、大統領が関心を示さなかった前政権とは対照的に、バイデン大統領本人が強くロシアを批判している。ナバリヌイ氏毒殺未遂事件と、これを発端とするロシア国内の抗議運動に関しても、バイデン政権は強い関心を示しており、実際、今年3月2日には、この問題に関する対ロシア制裁を発動した。なお、こうしたロシアの人権問題については、EU内からも強い懸念が示されている。

 人権・民主主義の価値を共有する先進国の一員として、日本も、ロシア国内の動きを注意深く見守る必要がある。同盟国との協力を重視するバイデン政権の基本的性格を踏まえると、日本の態度次第では、オバマ政権の時と同じように、米国から不信感を抱かれる可能性もある。

 昨年から自民党の中には、人権関連の制裁を可能とする「日本版マグニツキー法」の制定を目指す動きがある。こうした動きは、今年になってから、自民党以外にも波及し、超党派の新議連が発足すると見られている。ロシアの問題に限らず、日本としては、こうした動きをきっかけに、人権外交に関する議論を活発化させる必要があろう。

以上

(注)本提言での考えや意見は著者個人のもので、所属する団体のものではありません

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